ボン・マルシェ


パリにはたくさんデパートがあって、観光客ならば一度はオペラ周辺に密集しているデパートへ足を延ばすだろう。しかし、今回紹介したいのは、それらからはかなり離れたルクセンブルグ宮殿そばに位置するボン・マルシェデパートである。パリ市内のデパートは多くが19世紀後半から20世紀初頭にかけて建設された歴史的建造物だが、このボン・マルシェデパートはさらに古く1852年創業、パリだけでなく世界で最も古いデパートなのである。幾度か大規模なリノベーションが行われているため現状では外装も内装も建設当初のものとは異なっているが、それゆえ他のデパートが歴史という重荷に引っ張られた重たいデザインを引き摺っているのに対して、オリジナルの空間の良さを活かしながら気の利いたなデザインに衣替えされている。
何より一番気持ち良い場所は中央に位置する巨大な吹き抜け空間だ。中央のエスカレーターを挟んで全長15m×40m四角形の吹き抜けがあり、それが一階から四階までズドンと吹き抜けているのだ。これは一般の商業施設の吹き抜けに比べると相当大きい。おそらく現在なら「無駄」の一言で商業床にされているところだろう。しかしこの吹き抜けはただデカいから良いというのではない。ここに来れば、誰もがこの建物の中で起こっている全てを見渡すことができる。つまり、視認性が非常に高い場所なのだ。それゆえここが強い求心力を持ち、建物内部の一体感を生み出している。休憩スペースがあるわけではないのに、ここに来ると誰もが手摺に寄り掛かってお客さんたちの動きを眺めたり、いろいろなテナントを見て次どこへ行こうかと思いを巡らせるのだ。
さらにこの視認性をより高めるためのデザインが吹き抜け周辺に施されている。まず吹き抜け周辺にテナントを一切置かないという点。これはギャラリー・ラファイエットと比べるとよくわかる。ラファイエットの方も中央に巨大な吹き抜けを持っているが、こちらでは吹き抜け周りにベタっとテナントを設けてしまっていて、お客さんが吹き抜けから首を覗かすことはできない。これではせっかくの吹き抜けもただの穴である。アール・ヌーボーの巨大な天井があるのでそれは一見の価値があるが、吹き抜けとしての価値は低い。一方ボン・マルシェでは吹き抜けの四周は全て通路になっており、どのテナントからでもアクセスできるようになっている。次は間仕切りである。普通のデパートであれば一つ一つのテナントが間仕切り壁を建て、時には東屋のように屋根を設けて各々の店舗デザインを施すのが一般的である。しかボン・マルシェの中では間仕切りは基本的に設けられていない。特に吹き抜け周辺のテナントは一切間仕切りがなく、通路とテナントスペースの間は真っ白のレースが掛けられているのみである。レースならば境界をつくることができ、同時に視線も通すことができるというわけだ。三つ目は−これが最も根源的なのだが−軽量鉄骨の構造である。実はこの建物の構造設計はあのエッフェルが手がけており、この素晴らしい吹き抜け空間はまさにこの軽量鉄骨とそれによる新たな空間づくりへの情熱無くしてはあり得なかったのである。この革命的な素材と構造によって大スパンの架構が可能になり吹き抜け部分を生み出し、細い柱は建物の垂直性を鮮やかに表現すると同時に大空間を光で満たすための天井採光を可能にしたのである。
僕はこの建物を見て、吹き抜けとその周辺デザインだけで商業施設というのはここまで豊かな空間になるのか、と随分感心した。しかし、こういう余裕のある空間づくりと個々のテナントの店舗デザインにまで踏み込んだ全体設計ができるのは、ここが本当に高級デパートだからなのだろう。テナントを見ても意外に一般的には知られていないブランドが入っていたり(現地では支持されているのだろう)、そもそもテナントスペースはかなり細かく分節されていて、家具売り場など直接ボン・マルシェが経営しているスペースが大きな面積を取っていたりする。だから観光客が行くとあまり見るものも買うものもなく面白くないかもしれないが、パリ市民にはまだまだ強く支持されているからこそ、こういう商売が続くのだろう。コンビニがなく、スーパーも日曜休日はばっちり休むこの国では、まだまだデパートが殿様商売をしていられるということなのかもしれない。

施設名称:Le Bon Marché
設計者:Louis Auguste Boileau, Gustave Eiffel
施設用途:商業施設
竣工:1850
住所:22, rue de Servres, 75007 PARIS
最寄駅:Sèvres-Babylone (line10,12)
参考HP:http://www.treeslbm.com/